間違いなく嫌われるだろうなと覚悟を決め、私はS社の米国工場へ向かった。生産の進捗状況を確認するためだが、案の定、「なんだ、この日本人は?」という冷ややかな目で見られる。だが、ここでひるむわけにはいかない。S社が生産している座席シートが間に合わないと、ANAの新造機の導入スケジュールに重大な影響をもたらすからだ。

全日空商事は航空機の座席シートメーカーとして世界の5指に入る、フランスのS社の販売代理店となっている。全日空商事はANAに対して、競合する他社もある中で、S社のシートを売り込む立場だ。ANAの航空機の座席シートの大半はS社製で圧倒的な実績を築いてはいるが、品質、価格、納期のどれ一つとってもおろそかにはできない。契約から納品まで、あらゆる事態に対応して問題を解決していくのが全日空商事の役割だからだ。

そんな中で、ビジネスクラスのシート約20席の生産が遅延気味との情報が入った。情報を確認すべく、すぐにS社の米国工場に飛んで行くと、想像していた以上に厳しい状況だった。部品は揃っているが、遅延どころかまだ生産に入っておらず、人手も足りていない。すぐにフランス本社から技術に長けたエンジニアの応援を頼み、生産ピッチを上げるようにS社に強く要請した。同時に、毎日工場に顔を出すものの、S社の販売代理店という全日空商事の立場がエンジニアにうまく伝わらず、催促に聞こえる質問ばかりするので、まったく歓迎されない。「相当嫌われてしまったな」と、エンジニアたちとの間にできた溝を痛感していた。

こういった困難にぶつかるとき。そんなときだからこそ忘れてはならないのが、謙虚さと探究心だ。目の前の困難に圧倒され、焦りもがくのではない。自分はまだ何も知らないのだという謙虚さと、だからもっと深く知りたいという探究心。この二つがあれば、困難を乗り越え成長していける。「もう、これでいいや」と自分で限界を決めるようなことだけはしたくないと思い、私は仕事と向き合った。

エンジニアたちに煙たがられながらも、世界屈指のメーカーとして品質の良いシートを届けたいという気持ちは、私と変わらないはずだという想いを持って、工場に向かう日々が続いた。そんなある日のこと、残業するエンジニアたちから「デリバリーを頼むから、君の分も一緒に頼もうか」と声を掛けられた。この日本人も自分たちの仲間の一人だと彼らが認識してくれた瞬間だった。頼んだピザの味はジャンキーだったが、そんなことはどうでもよかった。もう、ただただうれしく、目頭が熱くなるのを感じた。

約1カ月ほど米国に滞在し、ビジネスクラスの新しいシートは無事納入された。 それから1年後、別件でS社の近くに立ち寄ることがあり、工場を再訪したところ、何人ものエンジニアが「君のことはよく覚えているぞ」と握手を求めてきた。固く握ったその手は、ごつごつとして大きく、温かかった。海外ビジネスの醍醐味は、スマートではないところに宿っていると強く感じている。