世界最大級のトーイングトラクター。完成の遅れは許されない。度重なるトラップに、立ち向かった日々。 中尾 一博

prologue

空港では、航空機を大型の特殊車両が牽引している光景が見られる。これを「トーイング」と呼び、また、牽引している車両を「トーイングトラクター」と呼ぶ。航空機は通常、安全管理の観点から後方への走行やその場での旋回を行わないため、トーイングトラクターは航空会社にとって必要不可欠なマシンなのだ。

2007年10月。スターアライアンスメンバーであるシンガポール航空は、フランスのエアバス社が製造する超大型航空機「エアバスA380」の運航を開始した。全長79.8メートル、最大座席数853席、最大離陸重量560トンという、世界最大の航空機である。同機は成田空港にも就航することになり、スターアライアンスパートナーであるANAが整備を行うことが決定した。しかし、ANAはA380を牽引できるパワーを持つトーイングトラクターを保有していないため、特注の車両を新たに導入する必要があった。そこで、航空機整備機材の輸入を手掛ける全日空商事が納品までを担うことになった。

2008年夏。航空機部に異動した中尾一博は、プロジェクトを管理するポジションに就いた。そんな中尾に「製造が難航している」という報告があったのは、着任して間もなくのことだった。

トーイングトラクターの製造スケジュールの、大幅な遅れ。

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今回のプロジェクトでは、オーストラリアの航空機関連メーカーに製造を依頼。その企業はタイに工場を持っており、車両の製造から組み立てまでをその工場で行っていた。進捗状況確認のために現地入りしていた部下から報告を聞いた中尾は、自身もすぐさまタイへと飛んだ。

タイの状況は、報告の通りだった。完成とは程遠い状態のトーイングトラクターが、中尾の目の前にある。メーカーの担当者に事情を聞くと、スコールが多発し作業が度々中断する中、現地のエンジニアや工員が規定の労働時間がきまってしまっていることが遅延の大きな原因だった。

数日後には、ANAの担当者やトーイングトラクターの整備士、ドライバーなどの検査チームがタイを訪れ、日本に移送する前の検査が実施されることになっていた。焦りを覚えた中尾は、メーカーの担当者を通じて、エンジニアにさらなる協力を要請した。作業を迅速に行うよう説得する。どうにか理解を得て、検査には間に合わせることができた。

ANAの仕様とは異なる、問題部分が発覚。

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ANA、製造メーカー、そして中尾。関係者が顔を揃え、検査がスタートする。ドライバーは実際に運転して操作性や機動性を確かめようと運転席に乗り込むが、席に着くなり声を上げた。「このミッションの表示、おかしくないですか?」一体、何がおかしいのか。確認してみると、『前進』と『後退』の表示位置が、日本で運転しているトーイングトラクターのものと反対だったのだ。「これはどういうことですか?」中尾は、メーカーの担当者に事情の説明を求める。「この表示方法は私たちのスタンダードであり、変更するつもりはない」

運転席が車体の前後に設けられている場合、基本的にはそれぞれの進行方向に合わせてミッションを表示する。しかし、このメーカーでは車体の前部と後部を定めていることから、車両の後部で運転する場合は前進にギアを入れると後退し、後退にギアを入れると前進してしまうのだ。ANAとしては仕様と異なる設計は当然容認することはできず、再三に渡り変更を要求した。一方、メーカーは自社の主張を崩そうとしない。中尾は、両者の妥協点を何とか見出そうと必死で考えを巡らせていた。

柔軟な発想で行った、双方の意見を尊重した提案。

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「変更して欲しい」「それはできない」押し問答が続く。議論は噛み合わないまま、2日が過ぎようとしていた。ついにANAからは「このままでは受領できない」と最終通告を突きつけられる。もはや、タイムリミット目前。そんな中、追い詰められた中尾にあるアイデアが浮かんだ。「片方のトランスミッションを、前後逆に設置してみてはどうか」応急処置な対処ではあるが、これなら双方の主張を尊重したことになる。中尾はホワイトボードに図を描きながら、自分の考えを説明した。

「そういう考えがあったか」中尾の提案に、双方とも態度を軟化させた。一転して、そこからは膠着していた議論がスムーズに進み始める。そして検査で浮かび上がった改善点をお互いに確認し、メーカーは最高品質の製品を届けることを約束。検査チームは、日本へ帰国した。一旦は白紙になろうかという最大のピンチを、柔軟な発想でどうにか切り抜けた中尾。ほんの一瞬、緊張から解き放たれたのだった。

Epilogue

その後、タイの工場では急ピッチで製造が進められた。そして数カ月後、世界最大級のトーイングトラクターは海路で日本に到着。港での最終的な検査をクリアし、成田空港に輸送された。稼動開始からトラブルの報告はない。そのことに、中尾は満足している。

仕事では、少なからず困難に直面するものだ。このプロジェクトでも、中尾は冷や汗をかき続けていたという。しかし、中尾は逃げることなく立ち向かうことを常に心掛けていた。そのことが自分にチャンスをもたらしたのかもしれない。中尾は、そう実感している。

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